はじめに
近年、企業は自社だけでなく取引先や委託先を含めたサプライチェーン全体のセキュリティリスクに直面しています。ある調査によれば、サプライチェーン攻撃による被害は7年連続で「深刻な脅威」に位置付けられ、2023年には企業への脅威ランキングで第2位と非常に高い水準にあります。経営層にとって、サプライチェーンの弱点を狙うサイバー攻撃はもはや他人事ではなく、自社の事業継続を左右する重大なリスクです。本記事では、サプライチェーンリスクの具体像と、経営判断に求められる視点について解説します。
サプライチェーン攻撃の実態と事例
サプライチェーン攻撃とは、自社ではなく取引先や委託先の脆弱性を悪用するサイバー攻撃手法です。例えば2023年5月には、あるファイル転送ソフトのゼロデイ脆弱性が突かれ、世界中の企業が巻き込まれる大規模攻撃が発生しました。この事件ではCl0pというサイバー犯罪グループが関与し、米国の給与計算サービス企業や英国の大手航空会社・公共放送などが被害に遭い、顧客データや従業員情報が流出した可能性が報じられています。攻撃者は脆弱性を利用して機密データを窃取し、「データを公開する」と脅迫して身代金を要求する典型的な手口でした。このようなサプライチェーンを狙った攻撃は年々増加・巧妙化しており、各企業は自社内だけでなく関係するサプライチェーン全体の防御力を高める必要に迫られています。
実際、日本の独立行政法人IPA(情報処理推進機構)も「サプライチェーンにおけるセキュリティ対策強化」を喚起しています。IPAは、中小企業などの取引先が大企業への標的型攻撃の足がかりにされる懸念を指摘し、早急な対策実施が必須であると警告しています。自社がどれほど堅牢なセキュリティ対策を施していても、取引先のセキュリティが脆弱であれば、そこを突破口に「サイバードミノ」のように自社に被害が波及する恐れがあるのです。
経営判断に求められる視点
経営層としては、サプライチェーンリスクを経営リスクの一部と捉えた判断が求められます。サプライチェーン上の委託先で事故が起きれば、たとえ原因が委託先にあっても、社会からは発注元である自社の管理責任が厳しく問われます。したがって、経営戦略の中にサプライチェーン全体のセキュリティ確保を組み込み、取引先選定や契約時のセキュリティ要求事項の明確化が重要です。
経営判断の具体的なポイントとしては以下が挙げられます。
- 取引先のセキュリティ評価
- 新規取引や委託先選定の際、セキュリティ認証取得状況(例:ISO27001)や過去のインシデント履歴を確認し、必要に応じてセキュリティ監査を実施する。
- 契約へのセキュリティ要件明記
- 委託契約書において、情報の取り扱い方針や事故発生時の報告義務、賠償責任範囲などを明文化する。
- 定期的な監査と情報共有
- 委託先との間で定期的なセキュリティ状況報告を受け、必要に応じて共同で訓練や監査を実施する仕組みを整える。
- 複数調達による分散
- 極めて重要な業務については単一の委託先に依存しすぎないよう調達先を分散し、万一1社が被害を受けても事業継続できるようにする。
- 支援と啓発
- 特に中小の取引先には、自社のセキュリティ基準への準拠を求めるだけでなく、改善への支援(ノウハウ提供や共同訓練)を行い、エコシステム全体の防御力を底上げする。
まとめ
サプライチェーンリスクへの対策は、単なる情報システム部門の課題ではなく経営課題です。昨今の事例が示すように、組織規模や業種を問わずサプライチェーン全体でのセキュリティ強化が急務となっています。経営層は、取引先のセキュリティ状況も見据えた意思決定を行い、必要な投資と対策に踏み切るべきです。幸い、政府や業界団体もガイドライン策定・情報共有を進めており、これらを活用することで自社と取引先の協働による防御態勢を築けます。「自社だけ万全でも意味がない」との認識に立ち、サプライチェーン全域を見渡した経営判断を下すことが、これからの競争環境で企業の信用と事業継続性を守る鍵となるでしょう。