はじめに
クラウドサービスは、コスト削減や柔軟性の観点から多くの企業や個人に利用されています。しかし、クラウド環境の設定ミスや責任分担の誤解が原因で情報漏えいが発生するケースが増えています。IPAの解説書では、クラウドサービスを利用する際の設定不備や権限管理不足が人的ミスによる情報漏えいに直結すると指摘しています。本記事では、クラウドセキュリティの基本と設定ミスを防ぐためのポイントを解説します。
クラウドの責任共有モデル
クラウドサービスのセキュリティは、クラウド事業者と利用者の双方が担う「責任共有モデル」によって成り立っています。IaaS、PaaS、SaaSといったサービスモデルに応じて、事業者が提供する範囲と利用者が管理すべき範囲が異なるため、責任分担を理解せずに利用するとセキュリティの穴が生まれます。例えば、IaaSではOSやアプリケーションの設定・パッチ適用は利用者の責任となる一方、SaaSではアプリケーション層のセキュリティは事業者が担います。利用者は自分の管理範囲(アクセス権限設定、データ暗号化、ログ管理など)を明確に把握することが重要です。
クラウド設定ミスの事例
権限設定の誤り
クラウドストレージの共有設定を誤って誰でも閲覧できる状態にしてしまい、機密データが流出する事故が多数報告されています。例えば、教育機関が学生情報を保存していたクラウドフォルダを公開設定のまま運用し、外部からアクセス可能となっていたケースがあります【633278216418211†L1546-L1557】。このような設定ミスは、サービスのデフォルト設定を理解せずに利用したことが原因である場合が多く、利用者側の責任です。
アカウント残置とアクセス権管理
クラウドサービスでは、退職者のアカウントや不要になったアプリケーションアカウントを残したまま放置し、第三者に悪用される危険があります。IPAは、人員の入退社時には権限の棚卸しとアカウントの無効化を確実に行うことが必要だと指摘しています。アカウント管理が不十分だと、内部不正や外部からの侵入の糸口となります。
クラウド設定と脆弱性
クラウドサービスのセキュリティ設定が複雑で理解できていない場合、不要なポートやサービスが有効になっていたり、暗号化が無効化されていることがあります。攻撃者はこうした設定ミスを狙い、データを抜き取ったり、仮想サーバをボットネットに組み込んだりします。設定のベストプラクティスを確認し、自社の構成がガイドラインに合致しているか定期的に監査することが必要です。
設定ミスを防ぐポイント
権限分離と最小権限
クラウド環境では「必要最小限の権限」原則を徹底し、管理者権限を持つアカウントを限定します。部署や役割に応じたロールを設定し、使用しないサービスや機能は無効化します。多要素認証を有効にし、重要な操作には承認フローを設けて誤操作や不正利用を防ぎます。
設定の自動チェック
多くのクラウド事業者が提供するセキュリティ診断ツールやベストプラクティスチェックツールを活用することで、設定ミスを自動的に検出できます。また、独立したクラウドセキュリティ評価サービスを利用して構成の脆弱性を発見し、改善策を提示してもらうことも有効です。
ログと監査
クラウドサービスの操作ログやアクセスログを有効にし、定期的に監査することで不審な操作を早期に検出できます。特に、管理者権限の付与・削除やセキュリティ設定の変更などはイベントログを残し、監査部門が確認する運用を整備します。
セキュリティ設定の継続的な評価
クラウド環境は常に変化するため、設定を一度行って終わりではありません。新しいサービスを追加した際や構成を変更した際は、セキュリティ設定を再評価します。定期的なペネトレーションテストや脆弱性診断を実施し、発見された問題に迅速に対応します。
クラウド利用者の責任
クラウドサービスは高い可用性や拡張性を提供しますが、セキュリティは利用者側の理解と責任があって初めて安全が担保されます。契約時にはサービスレベル契約(SLA)を確認し、バックアップやログ保管、障害対応の責任範囲を明文化します。サプライチェーン全体のリスクを考慮し、委託先のクラウド設定やセキュリティ対策も確認します。
クラウド責任共有モデルの詳細
クラウドと一口に言っても、提供形態によって責任範囲は大きく異なります。IaaS(Infrastructure as a Service)では、クラウド事業者が物理サーバやネットワーク、仮想化基盤を提供し、それより上のOS設定やアプリケーション、データ保護は利用者が担当します。PaaS(Platform as a Service)では、ミドルウェアやランタイム環境まで事業者が面倒を見てくれる一方、アプリケーション層やデータ管理は利用者の責任です。SaaS(Software as a Service)になると、サービス全体を事業者が運営し、利用者はデータの取り扱いとアクセス権限管理に注力するだけで済みます。近年はFaaS(Functions as a Service)やCaaS(Containers as a Service)などさらに抽象度の高いサービスも登場しており、責任分担はより複雑になっています。契約書や提供条件を読み込み、自社が管理すべき範囲を明確にすることが不可欠です。また、利用者側で必要なセキュリティ対策を適切に実施しない場合、事故が起きても事業者に責任を問えない可能性があります。
暗号化と鍵管理
クラウド環境でデータを守る上で重要なのが暗号化です。データは保存時(at rest)と転送時(in transit)の両方で暗号化し、盗聴や盗難に備えます。多くのクラウド事業者はストレージ暗号化を標準で提供していますが、データベースやバックアップ、オブジェクトストレージなどサービスごとに有効化が必要な場合があります。鍵管理も重要で、クラウド事業者が提供するキー管理サービス(KMS)を利用するか、ハードウェアセキュリティモジュール(HSM)を用いて鍵を分離管理する方法があります。機密性の高い情報を扱う場合は、Bring Your Own Key(BYOK)やHold Your Own Key(HYOK)モデルで鍵を自社管理し、クラウド事業者のオペレーション担当者でも解読できない仕組みを採用します。暗号化と鍵管理の責任分担を理解しないままにすると、データ漏えいや鍵の紛失による業務停止のリスクが高まります。
ネットワーク分離とゼロトラスト
クラウドでは物理的な境界が曖昧なため、ネットワーク分離とゼロトラストアーキテクチャの導入が求められます。ゼロトラストとは「誰も信用しない」ことを前提とし、アクセスを受けるたびに認証・認可・検査を行う考え方です。各システム間にきめ細かなセグメンテーションやマイクロセグメントを設け、脆弱なコンポーネントからの横移動を阻止します。遠隔勤務への対応策として注目されたゼロトラストは、クラウド環境でも同様に有効です。IPAの組織向け解説書でも、テレワーク環境を狙った攻撃への対策としてゼロトラストや多要素認証の導入を推奨しています。VPNのみに頼る従来の境界型モデルから脱却し、ユーザーとデバイスの信頼性を動的に評価する仕組みを整備します。
コンテナやサーバーレスのセキュリティ
近年、開発効率の向上を目的としてコンテナやサーバーレスアーキテクチャの利用が広がっています。しかし、これらの新しい形態にも独特のリスクがあります。コンテナではベースイメージの脆弱性や、ホストOSとの権限分離の不備が攻撃の足掛かりとなります。定期的なイメージスキャンと、信頼できるレジストリからの入手、最小特権での実行が重要です。サーバーレス環境では、アプリケーションの実行時間が短くても攻撃者が持続的に侵入する可能性があり、関数に付与する権限を最小限にし、イベントトリガーの設定を慎重に行う必要があります。また、サーバーレスのバックエンドサービス(メッセージキューやデータベース)が脆弱であれば攻撃の踏み台にされかねません。これらの要素は従来の仮想マシンと異なるため、運用チームの教育と統合された監視ツールの導入が欠かせません。
マルチクラウド・ハイブリッド環境の課題
多くの企業が複数のクラウドサービスやオンプレミス環境を組み合わせて活用しており、マルチクラウドやハイブリッド環境ではセキュリティの複雑さが増します。各クラウド事業者によって提供する機能や設定項目が異なるため、ポリシーが一貫しないと隙が生じます。例えば、パスワードポリシーや多要素認証の有効範囲がサービス間で異なると、攻撃者が弱いサービスを狙う「チェーンの最も弱い部分を攻撃する」ことが可能になります。アイデンティティ管理を統合してSAMLやOAuth 2.0で認証する仕組みを構築し、セキュリティポリシーを統一することが重要です。ログの集約と相関分析も求められます。加えて、クラウド間・拠点間の通信経路を暗号化し、経路の可視化と性能監視を行うことで、異常なトラフィックを素早く検知できます。
規制・ガイドラインへの準拠
クラウド利用者は、国内外の法規制や業界ガイドラインへの対応も求められます。日本では個人情報保護法の改正により、重大な漏えいや不正アクセスが発覚した場合に迅速な報告と説明が義務付けられています。また、金融機関や医療機関など業界によってはFISC安全対策基準や厚生労働省ガイドラインなど特有の基準があり、クラウド事業者の選定や運用に影響します。国際的にはISO/IEC 27017(クラウドサービス利用のセキュリティ管理)やISO/IEC 27018(個人データ保護管理)、NIST SP 800‑144などがあり、これらに沿った運用を行うことで信頼性を高めることができます。企業はクラウド契約時に事業者がこれらの基準を満たしているかを確認し、コンプライアンス監査を定期的に実施する必要があります。
インシデント対応と契約条項
クラウド環境でのインシデント対応は、事業者と利用者の協力が欠かせません。契約には、インシデント発生時の通知手順や対応時間、責任範囲を明記しておくべきです。例えば、データ漏えいが疑われる場合、事業者は迅速にログ提供やフォレンジック調査に協力し、利用者は関係当局への報告や顧客への通知などを行います。また、契約には監査やペネトレーションテストの実施に関する条項を盛り込み、第三者による独立した評価を受けられるようにすると安心です。インシデント対応計画には、クラウド固有の要素(仮想マシンのスナップショット取得、オブジェクトストレージのアクセス遮断など)を盛り込み、事業者のサポート窓口や連絡先を整理しておくことが大切です。
おわりに
クラウドセキュリティの要点は、責任分担を理解し、設定ミスや権限管理の不備を防ぐことです。IPAが指摘するように、クラウドの設定誤りやアカウント残置は人的ミスによる漏えいの主要因であり、適切な運用が求められます。最小権限の徹底、設定の自動チェックや監査、契約内容の確認を通じて、クラウド環境における情報資産を守りましょう。