はじめに

情報セキュリティ対策は多岐にわたり、どの脅威にどの対策が有効かを整理するのは容易ではありません。IPAの解説書や各種ガイドラインでは、脅威と対策を紐付けて可視化する「対策マッピングシート」の活用が推奨されています。マッピングシートを使うことで、組織内の防御策の重複や不足を把握し、効率的なセキュリティ計画が立てられます。本記事では、脅威と対策を整理する手法とマッピングシートの活用法を解説します。

マッピングシートとは

対策マッピングシートは、縦軸に脅威の種類、横軸に対策項目を配置し、どの対策がどの脅威に対応するかを視覚的に整理するツールです。例えば「ランサム攻撃」「サプライチェーン攻撃」「脆弱性攻撃」「内部不正」「標的型攻撃」といった脅威と、
「脆弱性管理」「バックアップ」「アクセス管理」「教育・訓練」「委託先管理」などの対策を表に並べ、対応関係を○×や色分けで示します。これにより、特定の脅威に対策が不足している箇所や、複数の脅威に共通する対策を把握できます。

マッピングシート作成の手順

  1. 脅威の整理
    • IPAの10大脅威や組織固有のリスクを洗い出し、重要度や発生頻度を考慮してリスト化します。
  2. 対策項目の抽出
    • ソフトウェア更新や脆弱性管理、サプライチェーン管理、アクセス権限管理と監視、バックアップ、教育・訓練など、導入可能な対策を洗い出します。
  3. 対応関係の評価
    • 各脅威に対してどの対策が有効かを評価します。例えば、ランサム攻撃にはバックアップと脆弱性管理が必須であり、内部不正にはアクセス権管理と監査が効果的です。サプライチェーン攻撃には、委託先のセキュリティ確認やSBOMの活用が有効です
  4. シートの作成
    • 表計算ソフトやドキュメントツールでマッピングシートを作成し、対応関係を○×や点数で入力します。重要度や対応度を数値化することで、全体のバランスを視覚的に把握できます。
  5. 改善策の検討
    • マッピングシートから不足している対策を抽出し、優先順位を付けて実施計画に反映します。既存の対策が過剰な分野は予算やリソース配分を見直します。

具体例: マッピングシートの作成事例

ここでは実際にマッピングシートを作成する手順を例示します。例えば、組織向けの10大脅威のうち、以下の脅威を対象にします。

  • ランサム攻撃
  • サプライチェーン攻撃
  • 脆弱性攻撃
  • 内部不正
  • 標的型攻撃

対策項目としては、IPAの解説書に記載された推奨策から主なものを選びます。たとえば、脆弱性管理と迅速なパッチ適用、委託先の評価・SBOM管理、アクセス権限管理と監査、定期的なバックアップ、セキュリティ教育・訓練、多要素認証、インシデント対応体制整備などです。これらを横軸に並べ、各脅威に対して該当する対策にチェック印を付けます。

脅威 \ 対策脆弱性管理委託先管理アクセス権限管理バックアップ教育・訓練多要素認証インシデント対応
ランサム攻撃
サプライチェーン攻撃
脆弱性攻撃
内部不正
標的型攻撃

上の例では、「◎」を特に重要な対策、「○」を有効な対策として示しています。脅威ごとに適切な対策が複数存在し、共通して必要な対策が多数あることが分かります。例えば、ランサム攻撃ではバックアップと多要素認証、インシデント対応が特に重要であり、サプライチェーン攻撃では委託先管理が鍵となります。内部不正についてはアクセス権限管理と教育・訓練が重要であり、標的型攻撃では脆弱性管理や多要素認証が不可欠です

マッピングシート作成時のポイント

マッピングシートを効果的に運用するためには、以下のポイントを意識します。

  • 多部署による参加
    • 情報システム部門だけでなく、総務・人事・経営者など多様な部署が参加することで、漏れのないリスク評価と対策選定が可能になります。実際に内部不正の防止には人事と総務の協働が不可欠であり、委託先管理では調達部門との連携が必要です。
  • 定期的な更新
    • 脅威は日々変化し、新しい攻撃手法や脆弱性が登場します。マッピングシートは年に一度ではなく、脆弱性情報の公開や大きなインシデントが発生するたびに更新することが望ましいです
  • 評価指標の設定
    • チェックの有無だけでなく、各対策の成熟度や実施状況をスコア化すると、改善の優先順位を定めやすくなります。たとえば、バックアップ体制は「計画・構築・テスト」の3段階で評価し、テスト未実施であれば改善が必要です
  • リスクとの整合
    • 脅威の発生確率や影響度を考慮し、対策の優先順位付けを行います。自組織の業種や扱う情報によって重大度は異なるため、IPAのランキングだけでなく自社のリスクアセスメントを反映します

マッピングシートの活用と効果

計画策定への活用

マッピングシートは、計画的にセキュリティ投資を行うための指針として活用できます。経営層に対して、どの脅威にどの対策が効いているのかを説明する際にも有効で、資金や人員の配分の根拠になります。例えば、サプライチェーン攻撃への対策が不十分であることが明らかになれば、予算を増やして委託先監査やSBOM導入を進める判断ができます

教育・訓練の重点把握

マッピングシートは教育計画にも役立ちます。どの脅威で人的要因が大きいかを示すことで、従業員向けのセキュリティ教育を優先的に配置できます。人為的なミスやフィッシングへの脆弱性が高い場合は、パスワード管理と多要素認証、迷惑メールの見分け方を重点的に扱います

コンプライアンスと監査

マッピングシートを内部監査や外部監査の際に提示することで、必要な対策が網羅的に行われているかをチェックできます。特に個人情報保護法や業種ごとのガイドラインに基づく要求事項をマッピングシートに紐付けることで、法令遵守の可視化が可能となります。

マッピングシートの利点

全体像の把握

マッピングシートを利用すると、組織全体のセキュリティ対策の全体像が一目で分かります。脅威と対策の関係が明確になり、経営層への説明や投資判断の材料として活用できます。

共通対策の抽出

複数の脅威に共通する対策を抽出することで、効率的にリソースを投入できます。例えば、多要素認証や教育・訓練はほとんどの脅威に有効であり、優先的に導入すべき施策です

実施状況の管理

マッピングシートに進捗状況を追加することで、対策の実施状況を管理できます。対策が未実施の場合は期限や担当者を明記し、定期的に進捗を確認します。

おわりに

対策マッピングシートは、情報セキュリティ対策を体系的に整理し、抜け漏れを防ぐための有効なツールです。IPAが紹介する脅威と対策を基に、組織独自のリスクを加味してマッピングを行うことで、計画的かつ効率的なセキュリティ対策が実現できます。シートは一度作成したら終わりではなく、環境変化や新しい脅威に応じて更新し続けることが重要です。ぜひ自組織の対策整理に活用してみてください。