はじめに

情報セキュリティ対策は技術的なものだけではありません。企業や団体には、個人情報の適切な取り扱いと法令遵守が強く求められています。2022年に全面施行された改正個人情報保護法や、2023年の情報流通プラットフォーム規制など、近年はプライバシー保護の枠組みが強化されています。さらに2025年に向けては、個人情報保護法の3年ごと見直しに基づく追加改正の検討も進んでおり、コンプライアンス体制の整備は急務となっています。本記事では、個人情報保護法のポイントと企業に求められるコンプライアンス対応を解説します。

個人情報保護法の基本と改正ポイント

個人情報保護法は、個人情報を取り扱う事業者が守るべきルールを定めています。氏名や住所、電話番号のような識別情報だけでなく、個人識別符号、身体的特徴、医療情報、購買履歴といった「個人データ」を対象とし、収集目的の明示や適正な取得・利用、漏えい防止、第三者提供の管理が求められます。

2022年施行の改正点

改正法により、本人が保有個人データの利用停止や消去、第三者提供の停止を請求できる範囲が大きく広がりました。以前は事業者が不正に個人情報を取得した場合などに限定されていましたが、改正後は「利用目的がなくなったとき」「重大な漏えいが発生したとき」「本人の権利や利益が害されるおそれがあるとき」にも請求できるようになりました。さらに、個人データの漏えい等が発生した場合は、個人情報保護委員会への報告と本人への通知が義務化されました。例えば、1,000件以上のメールアドレスを誤送信した場合や医療情報を紛失した場合には、速やかに報告と通知を行う必要があります。こうした規定により、企業は漏えい時の対応体制と報告手順を整備しなければなりません。

本人の権利強化

利用停止・消去請求の拡充に加え、開示方法も本人の希望に応じて電子データ等で対応することが求められています。個人情報の取り扱いに透明性を確保し、本人が自らのデータにアクセスし管理できるようにすることが求められます。また、個人情報保護委員会には相談ダイヤルやチャットサービスが用意され、個人が自分の情報の扱いについて問い合わせや相談を行いやすい仕組みが整備されています

情報流通プラットフォームの規制

SNSや動画共有サイトなどのプラットフォームは、デマや誹謗中傷の温床となることがあります。IPAの個人向け解説書では、匿名性や拡散力を悪用した誹謗中傷やフェイクニュースの問題が指摘されており、2023年には「情報流通プラットフォーム事業者に関する利用者情報の適正な取扱い等に関する法律」(情報流通プラットフォーム規制法)が施行されました。この法律は、月間アクティブユーザー数の多いSNSや動画サービスなどを対象に、削除請求対応や透明性報告、インシデント対応体制の整備を義務付けています。例えば、利用者から削除要請があった場合に適切に処理しなかった場合や、不正アクセスによる個人情報の漏えいを速やかに報告しなかった場合には、行政指導や罰則の対象となります。企業がプラットフォーム上でサービスを展開する場合、この法律への対応も不可欠です。

グローバル規制と最新動向

日本国内だけでなく、欧州のGDPRや米国各州のプライバシー法など、世界各国で厳格なデータ保護法が施行されています。GDPRはデータ処理の合法性やデータ主体の権利を規定し、違反した場合に巨額の制裁金を科しています。日本企業も欧州在住者の個人データを扱う場合はGDPRへの適合を求められます。さらに、個人情報保護法の3年ごと見直しに伴い、政府は2025年通常国会に追加改正案を提出する予定であり、国際的なデータ移転規制やアルゴリズム透明性の強化などが議論されています。企業は今後の法改正動向を注視し、グローバルなプライバシー規制に対応できる体制を構築する必要があります。

企業に求められるコンプライアンス対応

個人情報保護とコンプライアンスを実現するために、企業は以下のような取り組みが求められます。

  1. 情報管理体制の確立
    • 個人情報保護法の責任者を選任し、取り扱う個人データの分類・管理台帳を作成します。データのライフサイクル(取得・利用・保管・廃棄)にわたり適切に管理する仕組みを整備します。
  2. リスク評価と技術的対策
    • 漏えいリスクを評価し、アクセス権限管理や暗号化、バックアップなどの技術的対策を導入します。ランサムウェアなどの攻撃に備えてバックアップを確実に実施し、復旧手順を定めておくことが重要です。多要素認証や脆弱性管理の徹底も必要です
  3. 委託先管理と契約
    • 個人データの処理を委託する場合、委託先のセキュリティ水準を確認し、契約書に取り扱い方法や監査権限を明記します。サプライチェーン攻撃は委託先の弱い部分を狙うため、SBOMや第三者監査を通じた管理が不可欠です
  4. 教育と訓練
    • 従業員の情報リテラシーを高め、誤送信や持ち出しなどの人的ミスを防ぐ教育を実施します。IPAは情報セキュリティ教育を強化することを推奨しており、フィッシングや偽警告への対処方法を教えることが重要です
  5. インシデント対応計画
    • 個人情報が漏えいした場合に備えて、インシデント対応手順を策定し、CSIRTを構築します。報告義務を理解し、法令に基づいた適切な通知を行う体制を整えることが求められます
  6. 監査と継続的改善
    • 定期的に内部監査や第三者監査を実施し、コンプライアンス状況を確認します。法改正や技術変化に応じて規程や運用を更新し、従業員への周知を徹底します。

サイバーセキュリティ関連法規の全体像

個人情報保護法以外にも、情報セキュリティに関わるさまざまな法規制が存在します。不正アクセス行為の禁止等に関する法律は、ID・パスワードを不正に取得・利用する行為や、他人のアクセス権を侵害する行為を禁じています。電気通信事業法や特定商取引法は、通信サービスの提供者に対して安全な通信環境を確保し、虚偽広告や詐欺的販売の禁止を定めています。知的財産保護の観点では、不正競争防止法が営業秘密の漏えいを規制しており、顧客リストや技術資料の外部流出が違法となります。また、行政手続におけるマイナンバー法や医療情報に関する医師法・保健所法など、業種ごとに特有の個人情報保護法制が存在します。企業は自社の業種・事業内容に関連する法規制を洗い出し、横断的な法令遵守体制を構築する必要があります。

顧客への透明性とプライバシーポリシー

法令遵守の実践には、利用者や顧客への説明責任を果たすことも含まれます。プライバシーポリシーや利用規約において、収集する情報の範囲、利用目的、第三者提供の有無、保管期間などを明確に記載し、わかりやすい表現で公開することが求められます。また、ユーザーが自身の情報の確認や訂正、削除を希望する際の窓口を整備し、迅速に対応できる体制を整えます。こうした透明性を高める取り組みは、法律の遵守だけでなく、顧客の信頼獲得につながります。

匿名加工情報と仮名加工情報

改正個人情報保護法では、特定の個人を識別できないように加工した「匿名加工情報」と、復元可能性はあるが個人を特定しにくくした「仮名加工情報」の制度が設けられています。匿名加工情報は本人の同意なしに第三者提供が可能ですが、個人を復元できないよう加工・管理することが条件です。一方、仮名加工情報は主に企業内部でデータ分析を行うために用いられ、本人の同意範囲内で利用する必要があります。企業は両者の違いを理解し、ビッグデータ解析やAI活用時に適切な情報加工手法を選択する必要があります。

国境を越えるデータ移転の留意点

グローバル企業は、データを国境を越えて移転する場合の規制にも注意する必要があります。GDPRでは適正な保護水準が認められない国にデータを移転する際、標準契約条項(SCC)や拘束的企業準則(BCR)に基づく手続きを求めています。米国でも州ごとにプライバシー法が施行され、データ移転には個別の同意や適切な保護措置が要求される場合があります。日本企業が海外子会社やクラウド事業者にデータ処理を委託する場合には、移転先の法制度を調査し、契約にデータ保護条項を盛り込むとともに、データ主体への説明責任を果たすことが重要です。

情報セキュリティと法令遵守の一体化

技術的なセキュリティ対策と法令遵守は相補的な関係にあります。例えば、2024年時点で多くの企業がランサムウェア被害を受け、バックアップや暗号化の重要性が再認識されました。しかし、適切な対策が講じられていても、法令に基づく報告や通知を怠れば制裁の対象となります。また、SNSでの誹謗中傷やデマ拡散を放置すると、情報流通プラットフォーム規制法に基づく行政指導を受ける可能性があります。情報セキュリティ担当部門と法務・コンプライアンス部門が連携し、技術的対策と法的対応を一体として運用することが不可欠です。

おわりに

個人情報保護法やプラットフォーム規制、海外のデータ保護法など、企業が遵守すべき法令は年々増加し、内容も複雑化しています。法規制の目的は、個人情報の安全と利用者の信頼を確保することです。企業は、法令を単なる負担と捉えるのではなく、情報資産を守り信頼を高めるための重要な機会として捉えましょう。定期的な法令チェックとコンプライアンス体制の強化を通じて、透明性の高い情報管理と安全なサービス提供を実現することが求められます。