はじめに

クラウドサービスの普及によって、企業は自社のIT資産をクラウド上に置くことが当たり前になりました。しかし、「クラウドに移行すれば安全はクラウド事業者任せ」という誤解がしばしばあります。実際には、クラウドには責任共有モデルという考え方があり、クラウド事業者と利用企業それぞれに担うべきセキュリティ責任範囲があります。このモデルを理解しないと、「設定ミス」によるデータ流出など利用者側の過失で事故が起こり得ます。ここではクラウド時代に経営層が押さえるべき責任共有モデルの基本と、経営戦略への活かし方を解説します。

責任共有モデルとは何か

責任共有モデルとは、クラウド環境におけるセキュリティ管理責任をクラウド提供者と利用者で分担する枠組みです。具体的には、「クラウド事業者がハードウェアや基盤インフラのセキュリティを担当し、クラウド利用企業がクラウド上のデータやアプリケーションのセキュリティを担当する」という役割分担が明確化されています。例えば、AWSなどでは「クラウド“of”セキュリティはAWSの責任、“in”セキュリティ(クラウド内でのセキュリティ)は顧客の責任」と説明されます。このモデルを理解することで、クラウド利用時に何を自社で対策すべきかがはっきりし、責任の漏れを防ぐことができます。

さらに注意すべきは、サービス形態によって分担範囲が異なることです。IaaS(インフラ提供型)では事業者はハード・仮想化レイヤーまで守り、OSやミドルウェア、データは利用者責任です。PaaSでは事業者がOSやランタイムまで面倒を見ますが、アプリ設定やデータは利用者側。SaaSでは事業者がアプリケーションまで提供するため、そのアプリの設定やアカウント管理などが利用者責任になります。クラウドサービス毎の責任境界を正しく理解することが重要です。

利用者側の責任とリスク

責任共有モデルを理解していないと、経営層は見えないリスクを抱えることになります。その典型例がクラウド設定ミスによるデータ漏えいです。例えば、ストレージ(AWS S3等)のアクセス権限を誤って「公開」にしたまま運用し、機密データがインターネットから丸見えになっていた……といった事例は世界中で報告されています。この場合、クラウド事業者側には非はなく、利用企業の設定ミスという扱いになり、もちろん損害も利用企業が被ります。

実際、ガートナー社は「2025年までにクラウドのセキュリティ事故の99%は利用企業側の過失によるものになる」と予測しています。これは、クラウド基盤自体は高い安全性を備えている一方で、そこにデータを置き、設定し、運用する顧客側のミスが大半の原因だということです。事実、クラウドで多発するインシデントの多くは人的エラーや設定不備(例えば不要なポートを開放、パスワードの弱設定)が引き金であり、技術的な脆弱性よりも利用者の管理不備が問題視されています。

責任共有モデル上、利用者側に求められる主なセキュリティ責任は以下のようなものです。

  • アクセス管理
    • クラウド上のアカウント(例:管理者権限)を適切に発行・管理し、シングルサインオンや多要素認証を導入する。
  • 設定の適正化
    • ストレージやVM、コンテナなど各サービスのセキュリティ設定をベストプラクティス通りに行う。不要な公開設定や過剰な権限付与を避ける。
  • ログ監視と対応
    • クラウド提供者の監視ツール(例:AWS CloudTrailなど)を活用し、自社リソースの挙動を継続監視。異常検知時の対応計画を整備する。
  • データ暗号化
    • 機微なデータは保存時・通信時共に暗号化を有効化する(クラウド事業者提供の鍵管理サービス等を利用)。
  • コンプライアンス遵守
    • 業種によってはクラウド利用にルールがあるため(金融庁ガイドライン等)、遵守を確認する。

経営層が取るべきアクション

経営者として、クラウドの責任共有モデルに対しては「丸投げしない」姿勢が重要です。以下のようなアクションが推奨されます。

  • 社内教育
    • クラウド利用部門やエンジニアに対し、責任共有モデルや安全な設定方法について教育・訓練を実施する。クラウド運用ガイドラインを整備する。
  • ルールとチェック体制
    • クラウドリソース作成時の設定標準を作り、自動検出ツール(CSPM=クラウドセキュリティポスチャ管理ツール等)で設定ミスを早期発見する仕組みを導入する。
  • ベンダーとの連携
    • クラウド事業者が提供するセキュリティ情報やベストプラクティスを積極的に活用し、共同責任の範囲で疑問があれば問い合わせてクリアにする。
  • 保険の検討
    • 万一に備え、クラウド上の事故対応費用をカバーするサイバー保険も視野に入れる(ただし設定ミスはカバー外の場合もあり注意)。

クラウド利活用はビジネスの俊敏性を高めますが、その安全利用は経営の責任でもあります。「クラウド任せ」にしない意識改革を組織に浸透させ、技術部門と経営陣が協力して安全なクラウド運用を確立することが競争優位につながります。

まとめ

クラウド時代において、責任共有モデルの理解は経営リテラシーの一部といえます。クラウド事業者と利用者それぞれの責任範囲を正しく把握し、利用者側で成すべき対策を怠らないことが、クラウド活用の成功条件です。実際、米国調査では「クラウドのセキュリティ失敗の99%は顧客側のミス」とまで言われています。しかしこれは裏を返せば、利用企業が適切に管理すれば大半の事故は防げるということです。経営層はIT部門だけに任せるのではなく、自らこのモデルを理解し、「我が社のデータは我が社で守る」という主体性の下、必要なリソース配分や組織体制を築きましょう。クラウドの恩恵を最大化しつつリスクを低減することこそ、現代経営の腕の見せ所です。