2025年2月の厚生労働省の有識者会議では、病院におけるサイバー攻撃を想定したBCPの策定率は令和5年度実績27%で、令和7年度の目標は50%と説明されています。加えて、令和7年5月版のチェックリストマニュアルでは、インシデント発生時のバックアップ・復旧手順確認とサイバー攻撃を想定したBCPの策定が確認項目とされ、立入検査ではBCPの現物確認が行われるとされています。つまり今の論点は、「BCPを書いたか」ではなく、システム停止中に診療をどうつなぐかを具体化できているかです。
厚労省のBCP手引きは、医療情報システムの異常・障害時に備えて、代替した業務運用方法として「紙カルテ運用」と「参照系環境構築」を定めておくよう示しています。例として、紙カルテ運用では紙伝票の最新化と帳票準備、運用フローの作成と共有、参照系環境構築ではサーバおよび端末PCの構築、プリンタ・印刷用紙・トナー準備が挙げられています。
ここから導ける実務上の整理は明快です。紙カルテ運用は「記録して回す仕組み」、参照系環境は「必要な情報を見る仕組み」として分けて設計するのが実務的です。厚労省の特集でも、バックアップの目的は、最低限必要な情報への迅速なアクセス回復と、医療情報システムを正常な状態へ戻す復旧の二つに分けて説明されています。さらに、非常時はインシデント発生以前のデータを閲覧中心と割り切り、紙ベースで運用する方法も一つの選択肢だとされています。これは公的資料に基づく実務上の整理です。
紙カルテ運用で最初に決めるべきこと
紙カルテ運用で先に整えるべきなのは、様式そのものより流れです。厚労省の手引きが挙げているのは、紙伝票の最新化・帳票準備と、運用フローの作成・共有です。つまり、紙様式を保管しておくだけでは不十分で、受付、指示、実施、記録、引き継ぎまで、誰が何を書き、どこへ回すかを決めておく必要があります。
また、厚労省の特集は、非常時には過去データは閲覧のみと割り切って紙ベースで運用することも一つの方法だとしています。これは、非常時に最優先されるのは診療継続であり、事後入力や再入力が発生してもやむを得ない、という考え方に立っています。したがって、紙カルテ運用では「平時どおり全部やる」より、最低限安全に診療をつなぐという設計のほうが現実的です。
参照系環境は“全部再現”を目指さない
参照系環境について、厚労省資料は、サーバと端末PCに加えて、プリンタ、印刷用紙、トナーの準備まで明示しています。これは、参照系環境が単なるバックアップ保管場所ではなく、現場で見て、必要に応じて印刷して使う環境として想定されていることを意味します。少なくとも、本系統を停止した状態でも、別経路で必要情報を参照できる設計が必要です。
一方で、厚労省の特集は、一般的な医療機関では非常時に直近1年程度の情報が比較できれば、緊急診療としては可能なことが多いとして、1年を少し超える期間をバックアップ対象とすることを推奨しています。画像のように大容量で参照環境へ載せにくい情報については、読影レポート保存やカルテへの所見記載も選択肢として示されています。したがって、参照系環境は本番システムの完全コピーではなく、非常時診療に必要な範囲へ絞るという発想で設計するほうが現実的です。これは厚労省特集を踏まえた実務上の整理です。
SS-MIX2やFHIRを非常時参照にどう使うか
厚労省の特集では、検査結果や処方データなどは、SS-MIX2標準化ストレージの形式で保存されていれば必要なバックアップデータを作成しやすく、HL7 FHIR化が進んでいる場合も同様の考え方ができるとしています。さらに、1年程度のデータであればCD-RやDVD-Rにコピーし、非常用ノートPCにSS-MIX2ビューアやHL7 FHIRクライアントを用意する方法も考えられるとしています。したがって、非常時の参照系環境は、高価な大規模別系統だけでなく、必要な情報範囲を絞った軽量な閲覧環境として構成する考え方もあります。
平時に整えるべき運用
このテーマで最後に重要なのは、紙カルテ運用も参照系環境も、平時の見直しなしでは機能しないことです。厚労省のチェックリストマニュアルは、少なくとも年1回はチェックリストを用いた点検を実施するよう求めています。さらに、BCP手引きは、BCPは定期的に見直し、必要な項目を更新することを求めています。したがって、非常時運用は「作った書類」ではなく、年1回以上更新する運用資産として扱うべきです。
9日目の記事で伝えたい結論は、紙カルテ運用と参照系環境は、どちらか一方ではなく、役割の違う2本柱として整えるべきということです。紙カルテだけでは過去情報が見えず、参照系だけでは新しい診療記録や指示が回りません。厚労省の資料は、この二つを代替業務運用として並べて示しています。したがって、自院で考えるべきなのは「非常時に全部元どおりにする方法」ではなく、紙で回す部分と、参照で支える部分をどう切り分けるかです。これは公的資料に基づく実務上の整理です。