経営層の皆さん、「情報セキュリティ担当はうるさい」「現場の邪魔ばかりする」といった声を耳にしたことはないでしょうか。本記事では、なぜセキュリティ部門が現場から嫌われがちなのか、その根本原因を経営視点で解説します。情報セキュリティは経営課題であり、単なるコンプライアンスではなく経営層の意図を反映すべき“マネジメント機能”です。現場との断絶を埋め、生産性と安全性を両立させるポイントを考えてみましょう。
セキュリティと現場の断絶:生産性を妨げる「ルール」の弊害
一般にセキュリティ担当者が嫌われる最大の理由は、「セキュリティ確保のためのルールが現場の生産性を妨げる」と感じられてしまうことです。実際、デル社の調査では「76%の従業員がセキュリティ優先の結果、生産性が犠牲になっている」と回答しています。例えば、煩雑なパスワード規則や許可申請手続きなど、現場の業務フローにそぐわないセキュリティルールは「面倒くさいだけ」で、本来守りたいはずの安全対策すら形骸化しかねません。
現場がルールに従わない背景には、「ルールの意図や重要性への理解不足」があります。押し付けのセキュリティ・ルールでは人は抜け道を探そうとします。逆に、守ることで現場にメリットがある“おトクなルール”であれば人は進んで協力します。重要なのは以下の点です:
- 理由を明示すること:
- なぜそのセキュリティ対策が必要か明らかにする(「ひどい事故を避けるため」と理解できれば多少の手間は受け入れやすい)。
- 具体的で現実的な内容にする:
- 手順が実務とかけ離れていない現実的なものであれば「まあ守っておこう」と思いやすくなります。
- 負担を最小限に設計する:
- 現場の手間を可能な限り減らす工夫をする(現場への配慮が感じられるルールは守ってもらいやすい)。
例えばUSBメモリの使用禁止だけをルール化しても、代替手段がなければ現場は無視するか隠れて使ってしまいます。「使用禁止 + 社内で使える安全な共有クラウド提供」という具合に、現場が受け入れやすい仕組みをセットで設計することが肝心です。
セキュリティは経営の仕事:トップダウンの意思が現場を動かす
「情報セキュリティはコンプライアンス部門の責任」と捉える風潮も、セキュリティが嫌われる一因です。現場から見ると、経営層が本気で重視していない施策は「形式だけのルール」に見えてしまいます。実際には、情報セキュリティは全社に関わる経営課題であり、経営層自らが優先事項として示すことが不可欠です。トップが明確に意思決定しメッセージを発することで、従業員の意識が変革され、組織全体のセキュリティ水準が高まります。
経営層がセキュリティに主体的に関与しない企業では、セキュリティ部門はしばしば**「現場の邪魔をするお目付け役」**に陥ります。例えば経営陣が「とりあえずコンプライアンス上、セキュリティポリシーは作ったが運用は現場まかせ」という態度では、現場はそのポリシーを真剣に受け止めません。結果、ポリシー違反が横行し、セキュリティ担当者が現場を取り締まる——ますます嫌われる、という悪循環に陥ります。
経営層が取るべき姿勢は、単にルールを課すのではなく「この対策は会社にとってなぜ重要なのか」を自ら語り、現場の声も汲み上げてルールを磨くことです。トップダウンでセキュリティの方針を示しつつ、ボトムアップの改善提案も促すことで、現場は「自分たちのビジネスを守るためのルール」として捉え始めます。経営者自らが模範となりセキュリティ施策に取り組めば、従業員は情報セキュリティを「他人事ではなく自分事」と感じるようになります。
“うるさい”から“頼れる”へ:セキュリティ文化への転換
セキュリティ担当者が「うるさい存在」になってしまう背景には、経営と現場の橋渡し役を果たせていないことがあります。経営の意図を汲んだうえで現場と対話し、業務フローに溶け込む形で安全対策をデザインできれば、セキュリティはビジネスの円滑油になり得ます。
そのためには、経営層がセキュリティチームに「現場を知る」機会と権限を与え、現場目線でのUX(ユーザーエクスペリエンス)デザインを重視する必要があります。単に「ルールを守らせる」のではなく、「現場が守りたくなる仕組み」を作る発想です。たとえば:
- 自動化と便利さの追求: 面倒な更新作業は自動化し、ユーザーの手を煩わせない(例:ソフトウェア更新を自動配信し、ユーザーに管理権限を要求しない)。
- セキュリティ施策自体の価値提供: シングルサインオン(SSO)導入でパスワード入力回数を減らしつつ、強固な認証を実現するなど「安全になるほど使いやすい」環境を作る。
- 現場との協働によるルール策定: ルール案を現場の代表者とレビューし、業務に即した形へブラッシュアップする(現場が関与したルールは、自発的な遵守率が上がる)。
こうした取り組みを通じて、セキュリティ担当者は**「業務を止める存在」から「業務を支えるパートナー」**へと認識が変わっていきます。情報セキュリティが単なるチェックリストではなく、経営方針の一部として現場に根付けば、もはや「うるさい」どころか企業価値を高める推進力となるのです。
最後に強調したいのは、情報セキュリティは文化であるという点です。経営層が旗を振り、現場が腹落ちして動き出すことで、「安全に働くこと」が当たり前の企業文化が醸成されます。そうなればセキュリティ施策はもはや特別な抵抗を招かず、空気のように業務に溶け込むでしょう。「うるさいセキュリティ」から脱却する鍵は、経営トップのコミットメントとビジネス現場への共感。この両輪で、セキュリティを企業文化へと昇華させていきましょう。