はじめに
デジタルトランスフォーメーション(DX)が企業競争力の源泉となる一方で、DX推進によるセキュリティリスクの高まりも指摘されています。「スピード重視のDX」と「堅牢なセキュリティ」は時に相反するように見えますが、本質的には両輪として機能させることが理想です。本記事では、DXとセキュリティのバランスを取るための考え方と具体策を、経営層の視点から探ります。
DX推進とセキュリティのアンバランス問題
多くの業界でDX(業務のデジタル化・新技術導入)が加速する中、セキュリティ対策が追いつかずアンバランスになっているケースが見受けられます。ある調査では、16業種中8割以上の業界で「DX推進に比してセキュリティ対策が遅れている」との実態が明らかになりました。DXが進むほどサイバー攻撃リスクも高まるため、本来はセキュリティを車の両輪として並行強化すべきですが、現実には情報セキュリティへの投資・意識が後手になっている組織が多いのです。
例えば、クラウドサービスやAIを積極導入する一方で、アクセス管理や脆弱性対応が疎かになっているとか、アプリを高速開発するもののセキュリティテストが省略される、といった事例があります。これは短期的にはサービスリリースを早めますが、長期的にはインシデント発生で事業継続を脅かし、DXの成果を帳消しにするリスクを孕みます。
経営層のジレンマとして、「革新的なサービス投入で市場をリードしたいが、安全性が担保されないままでは信頼を失う」という点があります。しかし、ブレーキ(セキュリティ)が無ければ車(DX)を全速力で走らせるのは危険です。実際、「DXとセキュリティを両輪で進めよ」という声は強く、IPAの2022年注意喚起でも「セキュリティ対策をDX推進と両輪で行うことが求められる」とされています。
バランス実現のための戦略的アプローチ
DXとセキュリティを天秤にかけるのではなく、統合的に設計することが鍵です。以下の戦略的アプローチが有効でしょう。
- セキュアバイデザイン(Secure by Design)
- 新規システム開発やサービス企画の初期段階からセキュリティ要件を組み込みます。例えば要件定義フェーズで認証方式や権限管理の設計を織り込み、開発プロセスではセキュリティレビューや脆弱性テストを必須にします。これにより、後から機能追加するより効率的に安全性を確保できます。
- DevSecOpsの推進
- DX推進の象徴であるDevOps(迅速な開発・デプロイ)にセキュリティを統合したDevSecOps体制を敷きます。具体的には、開発チームにセキュリティ担当を参画させ、CI/CDパイプラインに自動脆弱性スキャンを組み込む等です。これにより速度を落とさずに品質を保ちます。
- リスクベース意思決定
- 全てを100%安全にしようとすればDXは停滞します。そこで、「どのリスクは許容し、どこに重点対策するか」を経営レベルでリスク評価して決定します。例えば、新サービスの市場投入を早めるために一部非致命的なリスクは短期許容しつつ、重大リスクだけは妥協なく潰す、といった判断です。経営の関与がポイントで、これにより現場は迷いなくバランスが取れます。
- 段階的リリースとフィードバック
- DX施策を一気に広範囲適用せず、まず限定範囲でローンチしてセキュリティ上の問題がないか確認するアプローチです。例えばクラウド移行なら非機密システムから試し、問題なければ拡大するといった具合です。万一不備があっても影響を最小限に抑え、すぐ改良フィードバックできます。
具体例:アクセルとブレーキの両立
DXとセキュリティの両立成功例としてよく引用されるのが、自動車のアクセルとブレーキの analogyです。「変化の激しい現代で生き残るにはDXというアクセルを踏み込む必要があるが、同時にブレーキやハンドルの点検が不可欠である」という指摘があります。これはつまり、セキュリティ体制を整備することがDXの推進力を安全に活かす前提条件だということです。
実際、セキュリティが競争優位に繋がった例も出てきています。例えば、ある金融機関ではDXの一環でオンラインサービスを拡充する際、「セキュリティの見える化」に注力しました。リアルタイムのセキュリティステータスを経営ダッシュボードで共有し、取締役会でも定期的にDX施策と関連付けてセキュリティ状況を議論したのです。その結果、経営層が納得して予算配分し、迅速かつ安全にサービス投入を実現しました。このように数字でセキュリティを経営言語化することも両立のポイントです。
また他社事例では、顧客向けに「当社は最新のセキュリティ基準ISO27001を取得済み」とアピールすることで信頼性を打ち出し、DXで新規サービスを展開する際の顧客安心感を醸成したケースもあります。国際認証は“お墨付き”となり、DXによるサービスでも安心して利用できるとのブランドイメージにつながりました。
まとめ
DXとセキュリティのバランスを取ることは容易ではありませんが、どちらか片方に偏れば企業価値を損ねかねません。「アクセルとブレーキは車を速く安全に走らせる両輪」との認識が経営層に求められます。セキュリティを単なるコストではなくDX推進を下支えする戦略投資と捉え、初めから組み込む姿勢が重要です。幸い、各種調査でもDXとセキュリティ対策を両立できている業界は2割以下とまだ少数であり、裏を返せばこれを実現することで他社にない競争優位を得られる可能性があります。経営トップ自らが率先して「セキュリティとDXはセット」という文化を社内に根付かせ、スピードと安全性を兼ね備えたデジタル経営を推進していきましょう。