はじめに
サイバーセキュリティは技術の世界と思われがちですが、近年では経営指標(KPI)としても捉えられるようになってきました。取締役会や経営会議でセキュリティ状況を定量データで報告し、改善をモニタリングする動きが広がっています。本記事では、経営層向けに有用なセキュリティKPIの例と、その導入メリットを解説します。
なぜセキュリティKPIが必要か
セキュリティ投資は売上向上に直結せずROIが見えにくいため、予算確保が難しいという課題があります。しかし、数字で「見える化」すれば経営層と現場が共通言語を持ち、対策の必要性を論理的に議論できます。KPI設定により、単なる費用ではなく戦略的投資としてセキュリティを位置づけることが可能になります。
また、KPIで管理することでPDCAサイクルが回り、継続的な改善につながります。達成率や数値のトレンドを追えば、対策強化の効果も測定できます。「なんとなく安全になった」ではなく、「具体的にリスクが○%低減できた」と示せれば、経営陣も納得感を持って支援できます。
経営層に訴求するKPIの例
セキュリティKPIは技術的すぎると経営には伝わらないので、「時間」「件数」「割合」などビジネスインパクトに関わる指標が適しています。以下は代表的な例です。
- MTTD/MTTR(平均検出時間/平均復旧時間)
- インシデント被害最小化には時間との闘いであり、発見から封じ込め・復旧までの時間が短いほど損害を抑えられます。グローバル企業でもKPIに掲げる例があり、例えば「Mean Time to Detect: 24時間以内」「Mean Time to Recovery: 48時間以内」など目標を設定します。実際、MTTD/MTTRを縮めれば被害拡大が防げ、経営に直結する重要指標となります。
- インシデント件数(重大度別)
- 一定期間(四半期など)に発生したセキュリティインシデントの件数を、重大度A/B/Cで集計します。ゼロ件が理想ですが、重要なのはトレンドです。減少傾向なら対策が機能、増加なら追加策が必要と判断できます。ただし検知が向上すると件数増える場合もあり、その場合はむしろ検知能力アップとポジティブに捉えます。
- 脆弱性修正率と平均所要日数
- 発見されたシステム脆弱性のうち何%を期限内に修正できたか、修正まで平均何日かかったかを測ります。例:「Criticalリスクの脆弱性90%を発見後1週間以内に修正」というKPIです。パッチ適用SLAとも言え、低いと攻撃リスクが長期間残るため、経営課題として扱うべきです。
- セキュリティ教育受講率
- 全社員のうち定期セキュリティ研修を受講済みの割合(および高リスク行動検知テストの合格率など)もKPIになります。例えば「年1回必須研修の受講率100%、フィッシング模擬訓練での不注意クリック率2%以下」など。人的リスク管理として経営層も関心を持ちやすい数字です。
- セキュリティ投資対効果(リスク低減額換算): 定量化が難しい部分ですが、ALE(年間予想損失額)やROIモデルで試算する方法もあります。ある対策への投資150万円で年間損失期待額を170万円から34万円に低減できたなら、実質的な効果は被害136万円減と算出できます。ROIは-9%でも150万投資で170万リスクを圧縮した事実が重要。このように損失削減額として示すことで経営の合意を得られます。
KPI導入のベストプラクティス
- 経営層と調整
- いきなり詳細な技術指標を掲げず、まず経営陣が理解・関心を持てる指標から始めます。例えば「重大インシデント0件」「復旧平均時間○時間」など簡潔なものを提示し、了承を得ます。その後徐々に洗練させていくのが良いでしょう。
- 定期報告と可視化
- KPIは経営会議の定例議題に組み込み、四半期ごとなどでダッシュボードを使い報告します。グラフ化して前期比がひと目で分かるようにすることがポイントです。経営陣からの質問や指示も仰ぎ、双方向のコミュニケーションを図ります。
- KRIとの組み合わせ
- KPI(成果指標)だけでなく、KRI(重要リスク指標)も併せて設定するとより効果的です。例えば「日々の攻撃試行回数」「マルウェア検出数」などリスクの動向を示す数値も示し、KRIが悪化したらKPIにどう影響しうるかを分析します。これにより予兆管理が可能になります。
- 適切な目標設定
- 過剰に高い数値目標は現場の士気を下げるので、状況を踏まえ現実的かつ徐々に上げていく目標を設定します。KPIの目的は恣意的な評価ではなく、改善ドライブであることを共有しておくことも重要です。
まとめ
セキュリティKPIの設定と経営指標化は、「見えないリスクを数値化し、共通言語にする」取り組みです。数字を用いることで経営層も具体的に把握でき、セキュリティが経営課題として正式にテーブルに乗ります。これは単に報告のためでなく、組織全体に危機感と目標を共有し、セキュリティ文化を醸成する効果も持ちます。
経営層にとっても、サイバー対策の成否をKPIで捉えることは事業継続リスクの管理に他なりません。幸い、海外ではセキュリティ予算の比率がIT予算の約13%まで高まり、主要企業がKPI/KRIを導入する流れができています。日本企業もこれに倣い、経営とセキュリティの対話を設計することで、攻めと守りが両立した強い経営が実現するでしょう。